前者・後者のお話。私は後者。これは、頭真っ白を説明しても理解してもらえなくて困っている前者の人に向けてのメッセージ。そして、仲間である、全ての後者の方たちに向けてのメッセージです。
前者後者とは何か解らない、という人は、こちらのまとめを。
【永久保存版・全体概要】前者・後者は世界を救う?! 前者後者ってなんだ?
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12147677137.html
前者・後者論で、いつも引っかかってしまうところが、「頭真っ白」という前者・後者の判定基準。
言い出しっぺの仁之助さんの所に、頭真っ白が分からない、いわゆる「頭真っ白難民」が大挙して押し寄せ、「私は○○なんですが、これって頭真っ白ってことで良いんですか?」と聞いてきます。
その個別対応にネを上げているところを見て、後者の私が、後者の立場として、頭真っ白とはなにかを書いたのがこの記事です。
【前後】後者の「シャットダウン」「頭真っ白」ってどういうこと?
http://www.mizunohiroshi.com/archives/1898371.html
これはこれで、後者の人たちには受けが良く、「これで分かった!」といってくれる方が結構出て来て、それはそれで嬉しかったのだけれど、やっぱり、一部の人たちは、この文章を読んでも分からないようです。
その理由ですが、私は最初、
■ 自分が後者だと認めたくなくて、わざと分からないフリをしているのか?
って思ったんですよね。
だから、頭真っ白が分からない、前者か後者か分からない、っていってる人に、軽くイラッときてたんですよね。分からないふりして後者から逃げんなよ! って。
なので、久しぶりに、このメルマガバックナンバー置き場のコメント欄を開いて、広く感想や質問を求め、直接私の言葉をぶつけてみようと思ったんです。
甘ったれんなよ! 逃げんなよ! っていってやろうと思って。
すると、色々と書き込みを頂く中、ある方から、予想通りのコメントを頂いたんです。
=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓
初めてコメントさせて頂きます。
仁さんのブログ経由で何度も拝見させて頂いてます。
未だに前者後者の確定は出来ていませんが、何となく後者なのかなぁと思い始めています。
少し前までは典型的前者と思ってたんですけど(笑)
ただ頭真っ白になるという感覚が未だによくわからないんです。
物覚え悪くて突然やらされた事はほぼ出来ません(-。-;
なので仕事などで指示を出されたり責任の降りかかる事は何度も確認をとり、メモに整理して何度も予習して…という手順を取らないと無理です。
ですから頭で予習してある事には対処出来るのですが、想定外の事があるとパニックになってしまいます。
=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑
もう、頭真っ白の典型パターンなんですが、ご本人は分かりません、とおっしゃる。
絶対分かってるだろー! 後者から逃げるなよー! って読んだ直後は思いました。
でも、いきなりがつんと言うわけにも行かないので、こんなお返事を書きました。
=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓
そうです。あなたは後者です。ステキなくらい後者です。
完全に後者の特徴を指しています。
ものおぼえについては、前者後者関係ありません。
が、想定外のことがあるとパニックになることや、自分の考えと違うことを言われるとなかなか理解出来ずに、同じ事を繰り返し相手に聞く、というのは、典型的な後者の特徴です。
このブログには、かなり明確に書いているつもりなのですが、それでもやはりわからない、という方も結構多いようです。
そこで、ひとつだけ伺いたいのですが、自分が後者だというのはイヤなことですか?
それとも、別に自分が後者でも構わないと思っていらっしゃいますか?
それだけぜひ、教えて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑
すると、次にその方から送られてきたメッセージは、予想していたものと随分違うものでした。
=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓=↓
丁寧な回答ありがとうございます。
やっぱり私は後者だったのですね(^-^;
何だかわかってホッとしています。
後者だと言うことが嫌だとは全く思いません。
むしろそうだとわかって楽になりました♪
自分で理解出来ない事や周りの人の様に行動出来ない事を、社会人として失格だと思っていましたから…
何で人が普通に出来ることが出来ないのだろうと自己嫌悪を感じる事も頻繁にあって、それらが自己評価の低下や自信のなさに繋がっていました。
でもこれはそういう事ではないんだと安心出来ましたし、無理をして自分を苦しめる必要はないとわかったお陰で自分らしく生きていけそうです。
本当にありがとうございました(*^o^*)
=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑
「え? 後者だと分かってホッとした? イヤじゃなかったの?」
一読後の感想はこれでした。
甘ったれんなよ! 後者から逃げるなよ! と一発かますべく、拳を振り上げて待っていたのに、肩すかしを食らったようでした。
そして、何よりも驚いたのが、「ホッとした」という言葉でした。
分かりました、じゃなくて、ホッとしました、なんだ。
そのとき、今まで押さえていた違和感が、わらわらと出て来たんですよね。
それはなにかというと、後者なのに、
「自分が前者か後者か分からない」
「これって頭真っ白ってことなの?」
と聞いていた人たちが、
「そうだよ、あなたは後者だよ」
「それが、頭真っ白ってことなんだよ」
という言葉を聞くと、ほとんどの人が、
「ホッとしました!」
「安心しました!」
って言っている、ということ。
なぜ、「分かった」ではなく、「ホッとした」なのだろう。
今までは、
「まあ、自分がどちらかがハッキリ分かれば、分からない不安な状態よりはホッとするわな」
ぐらいにしか感じてなかったんですが、どうもそれだけじゃないような気がしてきたんです。
そして今朝、相変わらず、頭真っ白問題で、仁之助さんが、後者に対して個別対応しながら、
「なんで分かってくれんのや!」
といっているブログを読んでいたとき。
私の中に、突然フラッシュバックが起きたのです。
それは、小さい頃に言われ続けていた、母の言葉と、ある映像でした。
そして、ギューッと胸が締め付けられるような思いがして、そのあと、涙が止まらなくなってしまったのです……
・
・
・
・
・
「違うって言ってるでしょ! もう、何度言ったら分かるの!!」
これは、毎日、何度も聞いていた、母の言葉です。
小さい頃、私は後者特有の空気が読めない人間で、そこに加えて、発達障害の傾向もあり、母からはいつも怒られていました。
単に好き勝手をやって怒られるのは当たり前にしても、子供心に、よかれと思ってやったことに対しても、
「もう! なにをやってるのよ!!」
「違うって言ってるでしょ! 何度言ったら分かるの!!」
と怒られることがほとんどでした。
幼稚園の頃から、ずーっとそう言われ続けて育ってきましたので、母からは、怒られている記憶しかありません。
さらに言うなら、私自身は、母に抱かれた記憶がありません。
写真には、母に抱かれて映っている自分の姿があるのですが、私自身には記憶が無いんです。
でも、そんな毎日を過ごしながらも、表向きの自分は、身勝手な生き方、周りを気にしない生き方を変えず、怒られてもシレッとしながら生きていきました。
その後、社会に出てからは、前者社会で生きていくための訓練をして、前者社会でもやっていける能力を身に付けながら、どうにかこうにか、世の中を渡ってきました。
「昔は随分色々あったけど、今はどうにかこうにかまともな大人になったなぁ」
たった今まで、そう思い込んでいたんです。
だけど違っていた。
母の声のフラッシュバックが起きた時、同時に映像も浮かんできました。
そこで浮かんだ映像は、
■ 真っ暗闇の中で、ひとりぽつんと取り残されて、おびえて震えている、幼い自分の姿
でした。
何をしても違うと怒られ、
なぜ分からないのとなじられ、
なにが良くてなにが正しいのか全く分からず、
自分の考えた答えの全てが不安で、
手を引かれもせず、
抱かれもせず、
どこに向かって進んで行けばいいのか分からないまま、
真っ暗闇の中で、
身動きが出来ないまま、
震えながら縮こまっている、
幼い自分の姿が見えたんです。
過去の自分については、相当解消してきたつもりだったので、自分の中にこんな自分がまだいたとは、思いもしませんでした。
それと同時に、そんな自分を、50年近く、ほったらかしにしていたことにも気付きました。
この子は、今までどれほど寂しい思いをしたのだろう。
私はその幼い自分に対して、いままで、どれほどかわいそうなことをしてしまったのだろう。
そう思ったとたん、胸が締め付けられるような苦しみが襲い、涙を抑えることが出来なかったのです……
・
・
・
・
・
今、私は、その幼き自分を胸に抱きながら、この文章を書いています。
いまだに震え、おびえていますが、その子に今、
「こちらにおいで」
「これからは一緒だよ」
「お前はお前のままで良いんだよ」
と、優しく語りかけているところです。
まだ震えていますけれど、これから、時間を掛けて、じっくりゆっくり、慈しんでいこうと思います。
頭真っ白問題が分からない、という後者の皆さん。
もしあなたが、小さい頃に、私と似たような育ち方をしていたならば、ひょっとすると、分からない理由は、理解力の問題ではなく、私の中にいた子と同じような子が、あなたの中にもいるのかもしれません。
だとしたら、その状態では、いくら説明を求めていても、おそらくいつまで経っても分からないでしょう。
その子の不安が顔を出し、あなたの理解を妨げているのでしょうから。
だから、まずはその子を見つけ、認めてあげて、抱き寄せてあげましょう。
そうやって、今までひとりぼっちで寂しく震えていた、その幼き自分を、心から慈しんであげましょうね。
そして、前者の皆さんへ。
私の仲間である、頭真っ白が分からない、といって悩んでいる後者たちの内側に起きていることって、こういうことなのかもしれません。
だから、図々しいことは百も承知でお願いします。
どうか、理解させようとしないでください。
理解させようとすればするほど、後者は不安が増して分からなくなってしまいますし、前者の皆さんも、ストレスがたまるだけでしょうから。
さらにお願いするならば、「なんていったら分かるんだ!」って、言わないで下さい。
私たちの中にいる、暗闇の中で震えている子供を、さらにおびえさせないで下さい。
どうか、理解させようとするのではなく、ただ認めてあげて下さい。
「キミは後者だよ、だから、さあこちらにおいで! 一緒にたのしく生きていこう!」
って、言ってあげて欲しいのです。
私たち後者の中にいる、暗闇の中で震える幼き子供に、そっと手をさしのべるような気持ちで、認めてあげて欲しいんです。
そうすれば、この多くの人を救うであろう、前者後者論が、また一歩、大きく前進していくんじゃないか、と、そう思うんですよね。
私も、今さっき見つけた、この幼き自分を抱きしめながら、前者・後者、両者の幸せを祈りつつ、この話を続けていきたいと思います。
== 追記 ==
この小さな子供は、後者の中だけにいるわけではありません。前者の方でも、小さい頃、親や大人と理解しあえないままに育ってしまった人の中には、きっとこの子がいるでしょう。
今回は、テーマの文脈上、あえてこのような書き方をしていますことを、ご理解頂くと共に、ぜひ、前者の方たちも、自分の中のその子を慈しんであげて下さいね。
前者後者とは何か解らない、という人は、こちらのまとめを。
【永久保存版・全体概要】前者・後者は世界を救う?! 前者後者ってなんだ?
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-12147677137.html
前者・後者論で、いつも引っかかってしまうところが、「頭真っ白」という前者・後者の判定基準。
言い出しっぺの仁之助さんの所に、頭真っ白が分からない、いわゆる「頭真っ白難民」が大挙して押し寄せ、「私は○○なんですが、これって頭真っ白ってことで良いんですか?」と聞いてきます。
その個別対応にネを上げているところを見て、後者の私が、後者の立場として、頭真っ白とはなにかを書いたのがこの記事です。
【前後】後者の「シャットダウン」「頭真っ白」ってどういうこと?
http://www.mizunohiroshi.com/archives/1898371.html
これはこれで、後者の人たちには受けが良く、「これで分かった!」といってくれる方が結構出て来て、それはそれで嬉しかったのだけれど、やっぱり、一部の人たちは、この文章を読んでも分からないようです。
その理由ですが、私は最初、
■ 自分が後者だと認めたくなくて、わざと分からないフリをしているのか?
って思ったんですよね。
だから、頭真っ白が分からない、前者か後者か分からない、っていってる人に、軽くイラッときてたんですよね。分からないふりして後者から逃げんなよ! って。
なので、久しぶりに、このメルマガバックナンバー置き場のコメント欄を開いて、広く感想や質問を求め、直接私の言葉をぶつけてみようと思ったんです。
甘ったれんなよ! 逃げんなよ! っていってやろうと思って。
すると、色々と書き込みを頂く中、ある方から、予想通りのコメントを頂いたんです。
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初めてコメントさせて頂きます。
仁さんのブログ経由で何度も拝見させて頂いてます。
未だに前者後者の確定は出来ていませんが、何となく後者なのかなぁと思い始めています。
少し前までは典型的前者と思ってたんですけど(笑)
ただ頭真っ白になるという感覚が未だによくわからないんです。
物覚え悪くて突然やらされた事はほぼ出来ません(-。-;
なので仕事などで指示を出されたり責任の降りかかる事は何度も確認をとり、メモに整理して何度も予習して…という手順を取らないと無理です。
ですから頭で予習してある事には対処出来るのですが、想定外の事があるとパニックになってしまいます。
=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑=↑
もう、頭真っ白の典型パターンなんですが、ご本人は分かりません、とおっしゃる。
絶対分かってるだろー! 後者から逃げるなよー! って読んだ直後は思いました。
でも、いきなりがつんと言うわけにも行かないので、こんなお返事を書きました。
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そうです。あなたは後者です。ステキなくらい後者です。
完全に後者の特徴を指しています。
ものおぼえについては、前者後者関係ありません。
が、想定外のことがあるとパニックになることや、自分の考えと違うことを言われるとなかなか理解出来ずに、同じ事を繰り返し相手に聞く、というのは、典型的な後者の特徴です。
このブログには、かなり明確に書いているつもりなのですが、それでもやはりわからない、という方も結構多いようです。
そこで、ひとつだけ伺いたいのですが、自分が後者だというのはイヤなことですか?
それとも、別に自分が後者でも構わないと思っていらっしゃいますか?
それだけぜひ、教えて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
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すると、次にその方から送られてきたメッセージは、予想していたものと随分違うものでした。
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丁寧な回答ありがとうございます。
やっぱり私は後者だったのですね(^-^;
何だかわかってホッとしています。
後者だと言うことが嫌だとは全く思いません。
むしろそうだとわかって楽になりました♪
自分で理解出来ない事や周りの人の様に行動出来ない事を、社会人として失格だと思っていましたから…
何で人が普通に出来ることが出来ないのだろうと自己嫌悪を感じる事も頻繁にあって、それらが自己評価の低下や自信のなさに繋がっていました。
でもこれはそういう事ではないんだと安心出来ましたし、無理をして自分を苦しめる必要はないとわかったお陰で自分らしく生きていけそうです。
本当にありがとうございました(*^o^*)
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「え? 後者だと分かってホッとした? イヤじゃなかったの?」
一読後の感想はこれでした。
甘ったれんなよ! 後者から逃げるなよ! と一発かますべく、拳を振り上げて待っていたのに、肩すかしを食らったようでした。
そして、何よりも驚いたのが、「ホッとした」という言葉でした。
分かりました、じゃなくて、ホッとしました、なんだ。
そのとき、今まで押さえていた違和感が、わらわらと出て来たんですよね。
それはなにかというと、後者なのに、
「自分が前者か後者か分からない」
「これって頭真っ白ってことなの?」
と聞いていた人たちが、
「そうだよ、あなたは後者だよ」
「それが、頭真っ白ってことなんだよ」
という言葉を聞くと、ほとんどの人が、
「ホッとしました!」
「安心しました!」
って言っている、ということ。
なぜ、「分かった」ではなく、「ホッとした」なのだろう。
今までは、
「まあ、自分がどちらかがハッキリ分かれば、分からない不安な状態よりはホッとするわな」
ぐらいにしか感じてなかったんですが、どうもそれだけじゃないような気がしてきたんです。
そして今朝、相変わらず、頭真っ白問題で、仁之助さんが、後者に対して個別対応しながら、
「なんで分かってくれんのや!」
といっているブログを読んでいたとき。
私の中に、突然フラッシュバックが起きたのです。
それは、小さい頃に言われ続けていた、母の言葉と、ある映像でした。
そして、ギューッと胸が締め付けられるような思いがして、そのあと、涙が止まらなくなってしまったのです……
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「違うって言ってるでしょ! もう、何度言ったら分かるの!!」
これは、毎日、何度も聞いていた、母の言葉です。
小さい頃、私は後者特有の空気が読めない人間で、そこに加えて、発達障害の傾向もあり、母からはいつも怒られていました。
単に好き勝手をやって怒られるのは当たり前にしても、子供心に、よかれと思ってやったことに対しても、
「もう! なにをやってるのよ!!」
「違うって言ってるでしょ! 何度言ったら分かるの!!」
と怒られることがほとんどでした。
幼稚園の頃から、ずーっとそう言われ続けて育ってきましたので、母からは、怒られている記憶しかありません。
さらに言うなら、私自身は、母に抱かれた記憶がありません。
写真には、母に抱かれて映っている自分の姿があるのですが、私自身には記憶が無いんです。
でも、そんな毎日を過ごしながらも、表向きの自分は、身勝手な生き方、周りを気にしない生き方を変えず、怒られてもシレッとしながら生きていきました。
その後、社会に出てからは、前者社会で生きていくための訓練をして、前者社会でもやっていける能力を身に付けながら、どうにかこうにか、世の中を渡ってきました。
「昔は随分色々あったけど、今はどうにかこうにかまともな大人になったなぁ」
たった今まで、そう思い込んでいたんです。
だけど違っていた。
母の声のフラッシュバックが起きた時、同時に映像も浮かんできました。
そこで浮かんだ映像は、
■ 真っ暗闇の中で、ひとりぽつんと取り残されて、おびえて震えている、幼い自分の姿
でした。
何をしても違うと怒られ、
なぜ分からないのとなじられ、
なにが良くてなにが正しいのか全く分からず、
自分の考えた答えの全てが不安で、
手を引かれもせず、
抱かれもせず、
どこに向かって進んで行けばいいのか分からないまま、
真っ暗闇の中で、
身動きが出来ないまま、
震えながら縮こまっている、
幼い自分の姿が見えたんです。
過去の自分については、相当解消してきたつもりだったので、自分の中にこんな自分がまだいたとは、思いもしませんでした。
それと同時に、そんな自分を、50年近く、ほったらかしにしていたことにも気付きました。
この子は、今までどれほど寂しい思いをしたのだろう。
私はその幼い自分に対して、いままで、どれほどかわいそうなことをしてしまったのだろう。
そう思ったとたん、胸が締め付けられるような苦しみが襲い、涙を抑えることが出来なかったのです……
・
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今、私は、その幼き自分を胸に抱きながら、この文章を書いています。
いまだに震え、おびえていますが、その子に今、
「こちらにおいで」
「これからは一緒だよ」
「お前はお前のままで良いんだよ」
と、優しく語りかけているところです。
まだ震えていますけれど、これから、時間を掛けて、じっくりゆっくり、慈しんでいこうと思います。
頭真っ白問題が分からない、という後者の皆さん。
もしあなたが、小さい頃に、私と似たような育ち方をしていたならば、ひょっとすると、分からない理由は、理解力の問題ではなく、私の中にいた子と同じような子が、あなたの中にもいるのかもしれません。
だとしたら、その状態では、いくら説明を求めていても、おそらくいつまで経っても分からないでしょう。
その子の不安が顔を出し、あなたの理解を妨げているのでしょうから。
だから、まずはその子を見つけ、認めてあげて、抱き寄せてあげましょう。
そうやって、今までひとりぼっちで寂しく震えていた、その幼き自分を、心から慈しんであげましょうね。
そして、前者の皆さんへ。
私の仲間である、頭真っ白が分からない、といって悩んでいる後者たちの内側に起きていることって、こういうことなのかもしれません。
だから、図々しいことは百も承知でお願いします。
どうか、理解させようとしないでください。
理解させようとすればするほど、後者は不安が増して分からなくなってしまいますし、前者の皆さんも、ストレスがたまるだけでしょうから。
さらにお願いするならば、「なんていったら分かるんだ!」って、言わないで下さい。
私たちの中にいる、暗闇の中で震えている子供を、さらにおびえさせないで下さい。
どうか、理解させようとするのではなく、ただ認めてあげて下さい。
「キミは後者だよ、だから、さあこちらにおいで! 一緒にたのしく生きていこう!」
って、言ってあげて欲しいのです。
私たち後者の中にいる、暗闇の中で震える幼き子供に、そっと手をさしのべるような気持ちで、認めてあげて欲しいんです。
そうすれば、この多くの人を救うであろう、前者後者論が、また一歩、大きく前進していくんじゃないか、と、そう思うんですよね。
私も、今さっき見つけた、この幼き自分を抱きしめながら、前者・後者、両者の幸せを祈りつつ、この話を続けていきたいと思います。
== 追記 ==
この小さな子供は、後者の中だけにいるわけではありません。前者の方でも、小さい頃、親や大人と理解しあえないままに育ってしまった人の中には、きっとこの子がいるでしょう。
今回は、テーマの文脈上、あえてこのような書き方をしていますことを、ご理解頂くと共に、ぜひ、前者の方たちも、自分の中のその子を慈しんであげて下さいね。
コメント
コメント一覧
昨日、突如として、仁さんの前者後者論に行き着き、のめり込むように読み進めて、こちらに辿り着きました。
仁さんにコメントしたのも初めてだったのですが、その際に、私の中に幼子を残して、親の求める前者になろうと決意したことを思い出したと書いたんです。
そして、こちらの記事に辿り着きましたら、私の経験とほとんど同じことが書かれてあり、さらに言葉にできなくて苦しかったことを(後者故に、私の思ったことは正しいのかわからないから、もう何も言えない、結果真っ白状態)明確に書き出してくださっていて、さらにさらに!前者へのお願いまでもが「そうなのよ!」と身も心も震えて止まりません。
本当に、後者だとわかって、ホッとしました。
それと、仲間がいることも知って、嬉しい気持ちでいっぱいです。
ずっと、後者の私では理解されないから、隠して隠して、前者よ私〜って生きてきました。
器用なところがあったのと、お芝居好きで演じていると、ある意味後者的な集中力を発揮して、なり切っている時もあったんです。
これ、もしかしたら、後者の方の中に似た経験をお持ちの方がいるかもしれませんが、前者が許すキャラクターを探して、それを演じて生きていたんです。
だけど、いつか必ず辛くなるんです。
年単位、月単位など、長さはそのキャラクターの設定によって異なりますが、息が出来なくなる時がきます。
すると、大爆発して、酷く落ち込み、キャラクターを変えるのです。
これじゃ苦しくなる、私と馴染んでくれるキャラクターはないものか、と探し続けて生きてきました。
それが、昨日です。
解放されたのです。
人生で初めて、これほど自分が大好きだと思ったことはありません。
私は、ようやく、自分を認めて歩けそうです。
長くなりました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
有り難うございます。
この話読んでアダルトチルドレンを思い出しました。アダルトチルドレンの人たちは自分の中に小さな子供(インナーチャイルド)がいて、昔に似たような状況になったり、何か決断を迫られたりする場面などに、インナーマザーといって、小さい時に親に聞かされた言葉がそのままよみがえることがあるそうです。
だから ぢんさんのブログや著書読んでても、これってアダルトチルドレンの人に向けて書いてるのかなあって思ったものもあります。
後者の人たちにインナーチャイルドを抱えてる人が多そうなのは「前者崇拝社会」だからかなあと思ってます。そういう意味では前者のこと嫌いです。なんでもできる人だけがすごいわけじゃない。
私にも同じように怯えている小さな子がいます。
「どうして分からないの!」や「普通にして!」など言われて育つと自分なりの答えに自信がなく、誰かに確かめたくなってしまうんですよね。
自分なりの答えは、いつも親にとっては不正解だったから。
だから分からなくなってしまう。自分なりの答えより、正解を探してしまうから…。
(T^T)(T^T)(T^T)
今、胸の中で小さな子の切ない気持ちが溢れています。
気付かせていただけて良かったです。
ありがとうございました(〃^ー^〃)
私も後者なのですが、子供の頃から、不器用で、よく失敗し、父に怒られました。なので、私の中にいる父は常に怒っています。
つい昨日、父と食事をしているとき、飲み物をこぼしてしまいました。その時、とっさに怒られると身構えたのです。自分自身そんな風に思う自分にびっくりしました。
その後、私も映像が浮かんで来ました。小さい自分が体育座りをして、俯いている映像です。
私自身、心屋さんのブログなどを読んで、大分過去の自分と向き合って、楽に生きることができてきていましたが、自分の中にこんな自分が居たことに初めて気付きました。その子に気付いた時は私も涙が止まりませんでした。
私も、昨日から、その子に怖かったね、悲しかったね、私は私のままでいいんだよ、と話しかけています。その子の表情が少し明るくなった気がします。
社会に出てから、なかなか上手く回らないことが多いと、苦しんで来ましたが
今回、このタイミングでこの記事にお会いできたこと、とても感謝しています。
ありがとうございました。
私もじんわり涙ぐんでいます。
後者の気持ちを代弁してくださりありがとうございます(涙)
けれどこちらの記事でまさしく「ホッ」としました。
空気を読んで周りに迷惑をかけないように・という身内親族の(前者が多いのでしょうか?親族たちは当たり前に他人に気を配る行動ができます。)教えというか暗黙のルールがあり、子供である私に強制はされませんでしたが、それが出来ると「凄いね偉いね流石だね良い子だね」と褒められました。
しかし私が「気を使う」には本当は多大な労力を用します。まず顔色を伺って目立たないようにそれとなく手助けをしないといけない、と27年考えてきました。気を使わないと母にも怒られますし。それが続いて、以前の私は「凄く疲れるけれど良い事なんだから自分を削って人のために尽くさなくては」と考えて、出来ると思っていた「前者のフリをした後者」でした。
小学校に入りたての頃なんて、本当に空気読めてませんでした。友達に言っちゃダメと言われることを言ってしまったり、何度怒られても直せなかったり・・・。悪い事をしていました。でも、それは幼さ故にしでかした事で、今同じことをするかと言えば、大事な友達から内緒にしてと言われたことを誰かに言おうとは思いません。自分で自分を当時の自分サイズの小さな「罪の檻」に中に閉じ込めたまま前者のフリして成長していたんだと、気がつきました。
嫁姑問題が酷かった我が家では、神経の擦り切れそうになっている母にとても自分の事を話せる状態では無く、一人で我慢していて、今でもそうなんだと。
でもやっと、その檻から出られそうです。
パニックで思考停止するし意識はしょっちゅう飛ぶし、集中するといつのまにか日は沈んでるし、冗談が解らずすぐ騙されたり、無意識でやってる事って後者だ〜って事ばかりです(笑)
前者への憧れはまだ捨てきれませんが、まずは後者の自分を小さい自分から出してあげたい、生きたいと思えます。
はじめまして
仁さんのブログから来ました。
ずっと真っ暗な中にいる自分をみてきました。
今、漸く仁さんのブログで光が見えてきました。
自分みたいな「後者」も普通にありのままで生きてていいんだと。
この世の中、「後者」によって生み出されたものが溢れているのに、それらすべてを「前者」が世に広めているものだから、「生みの親」の「後者」は何もしてない社会のお荷物のように軽んじられています(目の付け所は後者でしょ!)。
ちゃんと「前者と後者」で社会は成り立っているのになぁと、不思議に思います。
後者を変人とかアスペルガーとか偏見で見ないでほしいです。
頭真っ白も「天使の時間」もいいじゃないですか。
逆に、
「何で解らないの!!」
「何でできないの!!」
お互いさまですよね♪(笑)
書いて下さって、ありがとうございました、本当に。
親に分かってもらえない不安、信じてもらえない悲しさ。
親の考えがどうしても理解できない=この世界が理解できない、不安。
私はおかしいのかな…てずっと思ってました。
この世界はどうしてこんななんだ?おかしなところに生まれて来てしまった…。
理解し合える人がいない世界。
世界の中で、一人ぼっち。
そんな気持ちで生きていました。
ずーっと恐かった。
今はやっと、自分が後者と確信できました。
正に、「ほっとしています。」
前者後者の考えで、救われました。
こころやさんは大好きで、前者後者の発見者だから、もちろん、感謝、感謝、感謝です。
そして、後者な水野さんの考えのおかげで、最終的に腑に落ち、後者を代弁してくだり、大大大感謝です。
本当にありがとうございます。
ちなみに、私は両親共に後者のとこに生まれた後者です。
両親共に、前者にならなきゃと必死な後者。
私みたいなド後者な子供が生まれて、両親もきっと恐かったんでしょうね。
後者同士で理解し合うことができたらよかったのですが…。
こちらを読んで、今涙が止まりません。
そこで分からない事があるのですが、幼い私をどうやって抱き締めてあげれば良いのでしょうか??
毎日家で学校で友達間でたくさん怒られて、親から虐待を受けて殴られ蹴られ引きずられてボロボロになっていた、あの頃の私…
どうやって助けてあげれば良いのでしょうか。
居場所がなくて真っ暗な中に置き去りにされている自分を、今からでも助けてあげたいです。
そうすれば、今のパニック障害やうつ等から少し解放されるでしょうか。
教えてください。
お願いします。
私の場合ですが、後者だと認めたくないのではなく、自分では決められなくて、自信がないのです。
だから水野さんから、あなたは後者だと判定してもらえたら、安心すると思います。
チェック項目を読み、自分は後者に当てはまるなと思いながらも、もし今後の人生を後者だと思って歩んでいき、でも、本当は前者だった、ということになったらどうなるのだろうと思うと怖いので、踏ん切りがつかず どっちだろう?とさまよっているのです。
何が怖いのか、考えてみたら、間違えるということが怖いのかなと思いました。よくわかりませんが他人軸というのでしょうか。自分では決められないのです。
そして、小さな子どものお話、私もいるような気がしますが、この子どもの箇所の説明だけよくわかりませんでした。もしよかったらまた続編を書いていただけたら嬉しいです。
どうぞこれからもよろしくお願いします。
疲れます(笑)
自分の中の子供は見つけれていませんが、探してみます。
私は後者です。
心屋さんの記事を読み、ほっとし、頑張り過ぎていた家事を家族に手伝ってもらえるまでになりました。
そして、今日の水野さんの記事でまた自分を許す事ができました。
私は看護学校を中退したことで自分を責めまくっていました。
とても厳しい学校で、勉強は頑張ったのでテストはよかったのですが、実習がまるで駄目でした。
教官に見られていると自信がない私は頭が真っ白になり、何もできなくなるのです。
まだ学生でしたが、小児科の実習では採血も求められました。
今となれば、洗髪や沐浴など何度も何度も頭の中でシュミレーションをして望めばよかったと思います。
小児科実習の時、あなたが班長なの?と教官に言われ、すごくショックでした。
(班長は順番でまわってくる)
(私はのろまでテキパキ人をまとめるなんて無縁の人生でした)
私はだめな人間だと強烈に思い、逃げたくて逃げたくて卒業まであと半年というところでやめてしまいした。
私は後者だから、頭は真っ白になるものだよ、大丈夫だよ、実習も班長も私は私らしくで大丈夫だった。
実習で頭真っ白になる、班長やれと言われ頭が真っ白になるそんな私です。
長文書いたので今頭真っ白になりそうです。
これからもブログ楽しみにしています。
もう無理はしません。
今は私の根っこの部分、ひたすら我慢、ひたすら耐えるにメスを入れています。
あとがんじがらめになっていた枠外しを少しずつしています。
あれもだめ、これもだめ自分にどんだけ制限かけてたんだ…、本当に苦しい人生でした。
子どもが問題行動を起こしてくれ、お母さん自由に生きて!のメッセージだと気づきました。
また報告します(*^_^*)
ありがとうございます。
このブログで確信しました。
正にその通りです。
前者かも…と思いながら、後者の特徴があるときがあります。
ずっと迷っていました。
どうしてそのカテゴリを決めたいか?!
不安だからです。
落ち着きたいのです。
自分を知り、我慢をしたくないし、頑張りたくないからです。
好きじゃないことをしたくないからです。
パッカーンしていない自分は、頭でわかっても…自分が分かっていないのです。
ずっと10歳ぐらいの私が泣いていました。
どんなに幸せだと思っても…
泣いていました。
そういうことなのです。
子どもを迎えに行って待つ間の、車中でブログ読んで、予想外の大号泣。
嗚咽するほど、泣きました。私も、置き去りにしていた小さな頃の私がいました。もちろん私も後者で、昨年末ぢんさんのブログで、初めて前者後者論読んだ時は、衝撃が走り、しばらく何も手につかないくらいショックでした。
その後理解が進むと、後者の自分を受け入れたら、楽になったような気がしていました。今まで、いろんなセミナー受けてきて、インナーチャイルドも昇華させてきた気がしてたのに。実は、ほったらかしでした。
私も、母に抱かれた記憶は、一度しかありません。代わりに、自分の子ども達にたくさんたくさん抱っこしてきました。それで、私自身も癒されていってるような錯覚を起こしていました。
だけど、ほったらかしでした。『お姉ちゃんなんだから、我慢しなさいっ』て『なんでわかんないの!』って、繰り返し言われてる場面を突然思い出しました。40年くらいほったらかしだったのです。縮こまって、震えて泣いてるその子を、抱っこしてあげる事から始めます。気づかせてくださって、ありがとうございました。
最近、後者の自分を受け入れましたが、まだまだ自分にイライラしてしまい、後者の娘にもイライラ…
思えば、劣等感を感じる相手はみな前者でした。
後者として、お金も愛も豊かに生きていくにはどうしようかな、とスタート地点に戻りました。
私は幼い頃父からDVを受けて育ちました。父の暴力は今思っても私には原因の無いものでした。それこそそこに本が置かれているからとか、大掃除で拭き掃除がちゃんと出来ないからとか、そんな理由で毎日殴る蹴るをされていました。家族は他に母と弟がいたのですが何故かいつも暴力を振るわれるのは私でした。今想像するに母は殴られても大人しくしているタイプではなかったので、私が1番都合が良かったのではないかと思います。
ただ当時の私は理由もなくいつどこで始まるかわからない暴力に毎日怯え、その内人の顔色ばかり伺うようになりました。いつも「私の何処が悪いのだろう」「なぜ私だけなのだろう」と感じていたと思うのですが、それに答えてくれる人は誰もいませんでした。それを発信して誰かに聞くことすら拒絶されそうで怖かったのだと思います。
水野さんの記事を見て私の中にも怖くて寂しくて震えている子がいるのを感じました。大人になって同じ環境にいる訳ではないのに、人の反応に敏感になってしまう自分がいるのです。「また嫌われてしまうかも」という思いが頭をもたげて思った事が言えないのです。
今の旦那と巡り会って(旦那は思っている事は本音を出し合って解りあっていこうという人なのです)随分自分の感情を出せるようにはなって来ていますが、まだ躊躇してしまう自分も確かにいます。それでも旦那は私の本音を引きずり出してくれるので、もう感謝しかないです。
私の中にいる怖くて震えている子供の頃の自分を抱きしめてあげる…それはとても難しくて掴み所の無いことですが、少しずつでも自分の中の子を癒してあげたいと思います。
そんなことに気づかせて頂いてありがとうございました(*^o^*)
後者に育てられた前者って、確かに後者のような、理解出来ないし、理解されないと感じる子供時代を過ごすかもしれませんね。
前の方のお返事にも書きましたが、今回の記事は、文脈上、ああいった書き方をしましたが、サクラさんの様な方も、たくさんいらっしゃることは想像に難くありません。
なので、ひと言追記して起きました。
お互い、小さな子供を慈しんでいってあげましょう!
確かにおっしゃるとおりですよね。
今回は、文脈上、ああいう書き方をしましたが、あの話は、解り合えない親子としてスゴしていたら、みんな持ちうる子供だと思います。
ただ、気にされる方も多いと思いましたので、注釈を最後に入れておきました。
お互い、その子を慈しんであげましょうね。
ぢんさんのところから通りすがりの者です。
私は前者ですが、
スーパー後者の両親に育てられました。
母は、幼い私のする行動に、大人な氣配り配慮が出来ている事にいつもビックリしていました。私には極普通に思い付き出来る事ばかり。
前者であると信じ込んでいる突き抜けた後者の父からは
後者視点で全てにおいて求められました。
その視点では、前者の私には分からない。
全体を見通し、全体のバランスを考え、その視点でやってみても
父のようには、そこまで突き抜けられない私は
毎日毎日否定され、怒られ続けました。
怒られないようにする事が子どもらしくないという理不尽な理由で更に怒られるw
“怯えている小さな子ども”は
前者の私にもいます。未だに。
自分の思い、自分の事が信じられません。
後者の両親に育てられた前者の子どもにも
いるようです(*^^*)
自分が分かれば
みんな安心して、自分らしく生きられるのにな〜♪
心屋さんの記事を読んで感じていた事が水野さんも同じでわかりやすい記事にしていただけたことで自信がつきました。
僕も自分の子供時代を感じ涙が溢れてしまいました。
これからも楽しみにしています。
ブログにリンク貼らせていただきました。
私は前者です。前者あるある全てyesの前者です。前者になろうとするど後者の家族の中で唯一の前者です。
何故私だけ反応も感覚も解釈も違うのだろうという事と、こちらからすると悪意なく展開する理不尽なことが何故起こるのかを知りたくて半生を費やしたみたいな感じです。
前者ではありますがやはり暗闇で泣いている孤独な子どもです。何気なくいう事とする事を見て怯えの表情を見せられ、訳わからない事するな、ちゃんとしろ、と厳しく育てられたので、同じように怯えている子どもがいます。もしかすると、怯えて泣いている小さい子どもを抱えてる前者もいるかもしれませんと思いコメントさせていただきました。
電車のなかで読んでいて、泣くのをこらえているので
手の震えが止まりません……